第26話「決勝戦」

 

 敵の女ソーサレスが放った火球を左にかわし、剣を腰の辺りに構えながら一気に距離をつめる。だが、その前にもう一人の敵である男サマナーの召喚したレッドエレメンタルが立ちはだかった。

 エレメンタルの放った横なぎの一閃をかがんで回避し、一歩踏み込んで大地を蹴る。高い脚力を生かした跳躍でエレメンタルの肩に乗り、さらに二段階目の跳躍。予想外のこちらの動きに、敵ソーサレスの反応が遅れた。

 背後から追いすがるエレメンタル。しかし、その眼前に突如としてそびえ立った氷柱が行く手を遮った。

 慌てて呪文の詠唱を始める敵ソーサレス。

だが、遅い。その時には、既にこちらの手から火球が放たれていた。

詠唱を中断し、敵ソーサレスが後退する。その瞬間、狙い澄ましたように発動した魔法アースクエイクによって、敵ソーサレスは地面に埋もれた。

味方を失い、動揺を隠せない男サマナー。その動揺の隙を逃さず、敵に向かって疾走する。一瞬遅れて反応し、敵は慌ててエレメンタルを呼び戻そうとした。

躊躇はしなかった。敵エレメンタルの動きは既に味方の魔法で封じられていたからだ。

接近戦においては、サマナーは無力に等しい。こちらの放った鋭い一閃を、敵が回避できるはずもなかった。

地面に倒れ、気絶する敵サマナー。勝敗は決した。

コロシアムに響き渡る怒号と歓声。その中心で、カリオンとレインは軽く拳を合わせた。

 

 

「いや、今日も楽勝だったな!」

「本当。気持ちいいくらい完璧に決まったね!」

 試合後、宿屋に戻った二人はカリオンの部屋でささやかな祝杯をあげた。

「準決勝がこれじゃ、明日の決勝も楽勝だな!」

「私たち、案外いいコンビかも!」

 グラスを合わせながら、大声で笑い出す二人。見ている方が恥ずかしくなるほどの浮かれっぷりだった。

 だが実際、二人のコンビネーションは確実に良くなっていた。一悶着あった後、二人は一緒に訓練を積むようになり、互いの戦い方をしっかりと理解した。カリオンはもちろんのこと、レインも元々戦闘力は高い方だ。その上、カリオンには魔法が使えるという特性がある。この特性を生かした様々な攻撃バリエーションにすぐに対応出来る者など、そうはいなかった。何せ、この二人にしかできない攻撃である。

 結局のところ、勝ち進むにつれて相手は強くなったが、二人のコンビネーションも勝ち進むほど良くなっていき、ほとんど苦戦することなく決勝までたどり着いてしまったのであった。

「明日の決勝で勝てば、通行証も手に入る。いよいよ遺跡の中を拝めるってわけだ」

「うん。何があるかはわからないけどね……」

「イブリースさんがわざわざ手紙で伝えたくらいだから、無駄ってことはねぇだろうよ」

「そうだね」

 そこで、レインは少し声を落とした。

「でも、これが終わったら、カリオンとこうして一緒に戦うこともなくなるね」

 少し寂しそうなレインの横顔。カリオンは自分の顔が紅潮するのがわかった。

「別に、会えなくなるわけじゃねぇし……」

 なるべくぶっきらぼうにそう言って、グラスを煽る。心臓がやけに高鳴って、味がよくわからなかった。

 なぜ、こんな気持ちになるのだろう。

 大切な人を失い、あれだけ荒れて、もう二度と立ち直れないとすら思ったはずなのに。

 自分はもう、彼女のことを忘れ始めているとでもいうのか?

 それとも、互いに大切な人を失った寂しさが、錯覚を抱かせるのか?

 どちらにしろ、受け入れられない感情だ。

 だが、この数日で知ったのはレインの戦い方だけではない。彼女の性格、好きな食べ物、趣味、色々なことを知ってしまった。そして、自分も色々なことを知られた。

 いつからか、彼女は自分のことを「カリオン君」ではなく「カリオン」と呼ぶようになっていた。

 ただの友人ではない、そういう感情を自分は彼女に持っている。それは錯覚でも何でもない。真実だ。

 それは、悪いことなのか?

「今日はもう寝よう!」

 大きな感情の波にさらわれそうになり、カリオンはそれを振り払うように立ち上がった。

「明日負けたら洒落にならねぇし。お互いしっかり休もうぜ!」

「うん」

 突然のカリオンの言葉に驚いた風もなく、レインはそう答えた。

「おやすみ。また明日ね」

 そう言い残し、足早にカリオンの部屋を去っていく。その後ろ姿を見つめながら、カリオンは思った。

 もし、自分がこう言い出さなかったら、彼女の方が言い出したかもしれないな、と。

 

 

 翌日の正午、二人がいたのはいつものコロシアムの舞台ではなかった。今朝早く案内人がやって来て、試合会場の変更を伝えてきたのだ。試合会場に指定されたのは、コロシアムの地下にある闘技場だった。100メートル四方くらいはあろうかという舞台の四隅に会場を支えるための石柱が配置され、周囲の壁にある無数のランプが舞台を照らしている。だが、お世辞にも視界が良好とはとてもいえなかった。

 何より奇妙なのは、観客席がないことだ。観客など一人もおらず、不気味なほどの静けさが辺りを包みこんでいる。

 地下独特の湿った空気と、まとわりつくような異臭。環境は最悪だった。

「何だってこんなところで……」

 レインが露骨に顔をゆがめる。カリオンも同じ気持ちだった。

「さっさと始めようぜ。相手はどこだよ?」

 こんな場所からは一刻も早くおさらばしたい。

カリオンが背後を振り返り、案内人に尋ねる。案内人―二人が最初に出会った老人は、口元をニヤリと歪めて言った。

「何を言っているのです、もう目の前に来ていますよ」

 その瞬間、闇にとけこむように老人が姿を消した。

奥に引っ込んだので、そう錯覚したのかもしれない。そう思って、カリオンは闇の奥に目をこらそうとした。だが、その時、不意に横にいたレインが服の裾を掴んできた。

「レイン?」

「嘘……」

 レインの身体は小刻みに震えていた。両目が大きく見開かれ、唇も青ざめている。ただごとではないレインの様子に、カリオンも慌てて前方に視線を戻した。

「っ……!」

 そこには、確かにレインの言うとおり嘘のような光景が広がっていた。

 暗闇の奥から現れた、二人の男女―イブリースとノアは、ただ、静かにこちらを見つめていた。

 

第26話 終